キミは聞こえる
 手塚の視線を追って振り返れば、千紗、響子、佳乃、そしてまだいたのか桐野――それだけでなく、桐野を迎えに来たのか小野寺の姿まであった。

 その顔ひとつひとつを見つめ、泉は手塚に向き直る。

「はい」

 栄美にいた頃は、仮にいたとしても、気づくことの出来なかった存在。

 自分が鈴森に越したことを悲しんでくれたという旧友を思い、泉は栄美時代の閉ざしていた己を憎んだ。

 千紗と響子が好奇の色を目に宿して泉の両隣にやってくる。

 手塚をしげしげと見つめ、

「もしかして、栄美の中等部の?」

「そう。数学担当の、手塚先生。三年のときの担任で」
「はじめまして」

 まっ白な歯が見えるか見えないかというくらい、ほんの少しだけ口を開けて、手塚は微笑んだ。

 次の瞬間、


「素敵ー!」


 声を揃えて叫ぶなり、二人は手塚の両サイドをがっちり捕捉。

「泉ってばずるくなぁい? こんなイケメン先生に授業してもらえるなんてー」
「ほんとー、マジ羨ましすぎるって! 中学のときの数学とか全員バーコードだったし」
「ちょっ、見て響子! 腕時計ロレックス! このアクセとか超おしゃれなんだけど」
「ちょ…ちょっと、二人とも……」

 確かに容姿に関して手塚は欠点を上げる方が難しい美丈夫だが、ひとたび授業に入ると途端に冷徹な鬼にも悪魔にもなる、栄美の教師団の中では三本指に入るほど怖れられる存在なのだ。

 気安く触れていい人ではない。
 ましてや、イケメンだのバーコードだの近頃の汚い言葉遣いで話しかけるなど以ての外である。

 自由奔放に、かつ諸々"もろ"メディアの影響を受けて育った彼女らの悪い言い方、がさつで下品な言動を、手塚はどう受け止めるのだろうと、泉は冷や冷やである。

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