キミは聞こえる
 少女の脚の長さでは半歩、手塚の長ーい脚では三分の一ほどの間隔を取って、泉が前を進む。

 見慣れぬ教師にすれ違う生徒が男女関係なく振り返る。

 その中で、女子に限って、すてき、かっこいい、誰だろなどなど、千紗たち同様、興奮気味の声が二人の背中にはっきりと届くけれど、それら一切を手塚は欠片も気に留めず、 

「この学校は共学なんだな」などと呟く。「慣れないだろう?」

「ずいぶん慣れました」
「代谷は初等部から栄美だからな」
「先生もずっと栄美ですか?」

 窓の外、ちょうど野球部がバッティングの練習をしていた。

 それを見下ろしながら、手塚は淡々と答える。

「いや、教員免許を取ってはじめの三年は別の中学にいた」
「そこは共学でしたか」
「もちろんだ。中学で男女が別れている学校は少ない。だから久しぶりだ、放課後に砂埃が立つグラウンドなど」

 けれど、そう話す手塚の声に、過去を懐かしんでいるという響きはない。

 よほど栄美に採用されたかったのか、それとも以前の勤務先に不満たっぷりだったのか。

 栄美にはびこる無血の教師らしいと言えばそうだが。

 生徒がそうである前に、教師等が一番部活動というものに理解関心がない学校である。

 手塚ももちろんその一人だ。
 もともとがそういう質の人間だから、これという思い出もなく、青春を駆ける生徒たちを眺めてもなんの感慨も湧かないのだろう。

 理事長室を目前にして、まさにその部屋から一人の教師が出てきた。

 教師は泉に気づくと、はっと身を固くした。泉自身も、なんということかと苦い思いで視線を落とす。

 教師は、彼女のすぐ斜め後ろに立つ手塚に目を向けた。

 自身とほとんど差のない長身の男が瞼を伏せる。

 ぎょっとしたようにちょっと身を引いて、それでもなんとか安田は、困惑の色を目に宿しつつも浅く頭を下げた。

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