キミは聞こえる
「代谷の知り合いか?」泉の方を見ずに安田は尋ねる。

 泉が口を開きかけて、手塚自ら、

「栄美女学園中等部で数学を教えている手塚と申します」

 と胸に手を当てて、優雅にお辞儀をして見せた。
 その仕草に安田はまたちょっと後退る。

 さすがは千紗たちの担任といったところなのか―――これは偏見になるのだろうか、まぁなんでもいいが―――な、なんだこいつ……、という剥き出しの胡乱(うろん)な眼差しがすこし、大人としての自覚に欠けている。

「三年生のときに担任を務めてくださっていました。手塚先生、こちらは安田先生で――」
「伺っております。今の代谷の担任の先生、だろう?」

 どこまで調べてきたのか。

 計算に強い人間はあらゆる物事に対して用意がいいという緻密な印象があるけれど、それが手塚であると薄ら恐怖さえ感じる。

「そういえば授業見学をなさる先生方の中に栄美女学園の名前がありました」
「安田先生の授業でなくて本当に残念でした。どういう方が代谷の担任なのか興味があったのですが」

 完璧にスーツを着こなす大人な風格と魅力を兼ね備えた男と、まさにクリーニングからおろしたばかりといったスーツ初心者然とした男との間に妙な空気が流れる。

 互いに相手を探るような値踏みするような眼差し。

 少なくとも、手塚は完全に安田のことを見くびっていた。

 険悪なムードになりかねない嫌な予感がして、泉はこの場を切り抜けるちょうどいい言葉はないかと頭を捻る。

 安田とはまだどう距離を取っていいのかわからない。桐野となら、多少言い合いになっても時間が経てばそのうち修繕されるから気にしないのだけれど。

「それは、どうも」
「それでは、代谷理事長との面会の約束がありますので、私どもはこれで」

 泉が考えあぐねている間に手塚が安田とのやり取りを終わらせてくれてほっとする。この手の文句を考えるのはやはり苦手である。

 傍らを通り過ぎようとして、ふいに安田に声をかけられた。

「理事長との面会は長くかかるのか」

 尋ねるように泉から手塚へと視線を上げる。

「さほどの時間は要しません」と手塚はにこやかに言い添える。

「…………何か、用ですか」

 明らかに手塚に対するものとはトーンの異なる返事が泉の口からこぼれる。

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