キミは聞こえる
「お忙しい中お時間を作っていただき、ありがとうございます」
「とんでもありません。どおかけください」

 向かい合って座る二人に、泉はどこに身を置いていいかわからない。

 それに気づいた手塚が、代谷、と名を呼び、隣を示した。

「して、どのようなご用件でしょう?」

 すでに用意されていた二人分の麦茶に、手塚は礼儀上ひとくち含んで飲み下すと、では単刀直入に、と切り出した。

「こちらの学校に在籍中の代谷泉さんを、ぜひとも我らが栄美女学園高等部に編入させたいと思っております」

 おおよその見当は付いていたのだろう、理事長の表情はぴくりともしなかった。

 膝に載せていた麦茶のコップを静かにテーブルに戻しながら、

「編入」と繰り返す。

「はい。代谷の家の事情は把握しております。栄美女学院には防犯設備の整った寮が校舎の目と鼻の先にありますので安心して通わせることが出来ます」
「ですが、この子の父親は娘の一人暮らしをこころよく思ってはおりません」
「こころよくお思いになれないのは子を案じる親心でしょう。代谷自身が栄美への転校を希望するのならば、心から子を思える親が反対できるはずはありません」

 子を守るばかりが親心ではなく、子の意思を尊重することこそ真の親心であろう、と手塚は言う。

「私は代谷のお父上にお目にかかったことがあります。実に聡明な方でした。代谷を大事にお思いになる気持ちはわかりますが、だからといって彼女の意思を真っ向から反対するような浅はかな思考の持ち主だとはとても思えません」
「ちょっと待ってください」

 理事長は軽く手をかざして手塚を制した。

「彼女の意思と先生はおっしゃいますが、泉の本心を先生はお聞きになったのでしょうか」

 どうなの泉、と問いかけの眼差しが双方から向けられる。

 泉は膝の上で拳を握った。

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