キミは聞こえる
 泉一人の意思で栄美への旅立ちを決めたなら、桐野や佳乃、小野寺に千紗や響子、鈴森南高校で出会ったすべての友や知人を裏切った恨みは皆、泉ただ一人の身に降りかかる。

 栄美を出ると決めたときには僅かにも感じなかった不安や哀しみが、この学校を出るときのことを想像した途端、まるで自然現象のように泉の胸に溢れ出した。

 これが人らしい感情なのだと言われれば、なんて厄介なのだろう、と泉は変わりつつある己を恨んだ。

 周囲を一切顧みない過去の自分のままであったなら、こんな不愉快な思いはせずに済んだのに。

 まぶたの裏をちらつく佳乃の顔。
 自分を好きだと言ってくれた桐野の強く温かい眼差し。
 泉の手を握って楽しそうにサッカーの話をする翔吾。

 数ヶ月の間に育まれた目に見えぬものは、見えぬがしかし決して軽くはない。

 それらすべてを一人の身に背負うのは、あまりに重い。

 手塚がそうしろと言ったから、だから自分は行かなくてはならない。自ら進んで行くのではないと、そう言うことが出来たなら。
 どんなにか心は軽くいられるだろう。

 手塚は泉の弱みを彼女の言葉一つですべて読み切っていた。

 自身の卑しさを見透かされて、泉は顔を上げられない。


「勉強に不安を覚えたときにはいくらでも私が力になろう。それでも代谷の成績が向上しないのなら、私の教え方に誤りがあったのではないかと反省し、努力もしよう。だが、教師として私が出来ることはそこまでだ。おまえの友情にまで責任は持てない」
「はい……」
「いいか代谷――」

 手塚は身体ごと泉に向き直る。

「学校を友達を作る遊び場だと勘違いするな。学校は、あくまでも勉強をするところ、特に高校はいつまでも友情ごっこを続けていていい場所ではない」

 友情、ごっこ……。

 違う、先生それは、ちがう。ごっこなんかじゃない。栗原さんとの間にあるものは、ままごとのような偽物じゃない。

 きっと、ぜったいに、違う。

「おまえがこの学校に来たのは友達を作るためだったのか? 男と共に過ごすためだったのか? 勉強が嫌になったか? ちがうだろう?」

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