キミは聞こえる
 藤吾の意思を尊重し、父が帰国するまでのあいだ彼の望む場所で過ごせればそれでよかった。

 友達も、愛する男(ひと)もいらない。

 勉強は、すでに泉の一部である。息をするように、勉強は苦もなく続けられる。嫌になることはまずない。

 それでも――……。


「まやかしに惑わされるな」


 ずん、と腹に響いた手塚の低い声。

「せんせい」
「友情など、所詮はまやかしだ。一人でいたくないが為のその場限りの保身の現れ。心の弱さだ。周りを見てみろ、笑い合う少年少女たちのどれほどが生涯を友であると思う。そんなのはたった一握りに過ぎない。いや、一握りでさえ多いほどだ」

 そんなことは、泉にはわからない。友という友など、これまで作ったことがなかったのだから。

 しかし、だからこそはっきりとわかることもある。

 私は、栗原さんとだけは、本物の友情を信じられると。

 曇りのない彼女の眼差しに偽りはない。
 のぞいたことはないけれど、きっと佳乃の心は怯懦に震えこそすれ、一切の汚れを知らぬはずだ。

 まやかしじゃない。

 ましてや心の弱さでもないと、確かにそう思える。真っ直ぐな彼女は、私にそう思わせてくれる。

「私は、栄美の教師として、代谷の将来だけを思わなくてはならない。メディアで騒がれる虐めやクラス崩壊、父兄の横柄な態度、そんなものは二の次だ。そもそも、そんな騒動が起きること自体、ましてや報道に取り上げられること自体が間違っている。学校はただ偏に生徒に勉強を教える場所なんだ。おまえたちがよりよい将来を生きていけるよう、持てる知性のすべてを注ぎ込んで教育する。いいか、代谷。よく考えろ。

 おまえの居場所は、本当にここでいいのか?」

 手塚に見つめられるだけで、まるで催眠術を受けているような気分になる。

 彼に従うのが正解ではないのか、そうした方がいいのではないか、
 諭すように話す手塚の声が泉を揺さぶる。

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