キミは聞こえる
 桐野は額に手を置いてわざとらしく大きなため息を吐いた。それを見て佳乃は苦笑し、小野寺はちょっぴり驚いた表情。

「あ、あのなぁ……」
 
 肩を落とす桐野を前に、彼女は無邪気に疑問符を浮かべる。すごくその場に合った返事だと、というか百点満点だと思うのだけれど、何故に不満げな顔をされねばならぬのか。

「何か言えって前に言われたから返してみたけど――私、何か間違ってる?」
「そこは嘘でも、おつかれ~、って言うトコ! もっと気の利いたこと言えよ」
「オツカレ」
「お、お、おまえなぁ……」
「……この二人って、いつもこんなんなのか?」

 小野寺に尋ねられ、さ、さぁ、と佳乃は曖昧な返事。

 正真正銘のカップルである二人のような甘いやりとりは泉には出来ない。やはりまだ、呼び止められるからにはそれ相応の理由があるからだろうという感覚を拭えないのである。

 けれど、そんな泉にも、別の意味で拭ってやれることはある。

「普通どんな女子でも言ってくれる言葉がどうして代谷の口からは出てこないんだー……」

 嘆く桐野の肩を慰めるようにぽんぽんと小野寺が叩く。

 と、桐野の額に浮かんだ一粒の汗がつうと彼の瞼へ伝い落ちた。それを袖口で拭おうと桐野が肩を――回そうとしたところで、

「!」

 一呼吸分早く、泉がすっと手を伸ばした。

 一切の紫外線を受けていないかのような透き通る白肌が桐野の顔を優しく滑る。

 ついでにやや湿った前髪を払ってあげて、頬骨にそって掌を滑らせると、今にも落ちそうだった玉の汗をすくい取る。

 桐野の努力の結晶が泉の手をしっとりと輝かせる。

「悪かったね、普通の女子じゃなくて」

 ちろっと舌を出す。
 途端、ぼっと火が付いたように桐野の顔は夕陽と同じ色に染まった。

「し、代谷さん…っ!」
「……不意打ちもいいとこだなおい」

 桐野と同じくらい顔を真っ赤にする佳乃、その隣で小野寺が唖然としている。

「や、やっぱ、おまえって普通じゃないわ……」

 うわ、やっぱり失礼なやつだ。
 泉は無視してハンカチで手に付いた桐野の汗をぬぐい取った。

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