キミは聞こえる
「はじめまして、聖華と申します。ご挨拶が遅れまして申し訳ありませんでした」

 代谷家のリビング。無駄のない所作で聖華はフローリングに膝を着くと、周囲が恐縮してしまうほど丁寧に頭を下げた。

「心ばかりですが、泉ちゃんがお世話になったお礼と、現地で購入したお土産です。受け取ってください」
「これはこれは、わざわざご丁寧にすいません。さあさ、フローリングは冷たいでしょう、どうぞこちらにお座りになって下さい」

 ソファを促されると、聖華は泉を伴って腰掛けた。

 出された冷茶をすする横顔も本当に絵になる。

「向こうの生活はどうだったんですか?」と泉は訊いた。

「これといって不便は感じなかったわ。海外ははじめてのことだったから、本当にいい経験だった。どこでもいいから泉ちゃんも一度海を渡って外の世界に行ってみるといい」

 見聞を広げるにはそれ以上のことはないのだろうけれど、パスポートを発行して、入国手続きをして、飛行機に乗っての長距離移動―――と、旅行を始める前から面倒の目白押しではないか。

 あまり気乗りするものではない。

「そうそう、これは泉ちゃんと友香さんにお土産ね。お揃いの香水よ。ちょっと使ってみて」

 おもむろに聖華はハンドバッグから二つ、高級感溢れる箱を取り出すと、一つを友香の母である美遥へ、そしてもう一つは土産だと言っておきながら自ら蓋を開け、気に入るかしら、と泉の手首を掴んだ。

 手首に振りかけられたフレグランスに鼻を近づける。なかなか悪くない。

 海外製の物は異常に匂いが強いという先入観があるけれど、くどくもしつこくもない甘い香りがふんわりと鼻先をくすぐる。

「わざわざすみません」頭を下げる美遥に「いいえ」と聖華は愛想よく首を振る。

「みなさんにと思ってもっとお土産を用意したんですけど、キャリーケースに入り切らなくて。残りは郵送にしてありますから楽しみになさっていてください。といってもたいしたものはないのですけど」

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