キミは聞こえる
 ちょうどそこへ友香の父である昌伸(まさのぶ)が帰宅した。

 玄関に見慣れぬ女物の靴を発見して客人だと遠慮したのか「ただいま」の声はいつもより低めで、窺うようにそろりとリビングに顔をのぞかせた。

 と、お邪魔してます、とまるでテレビから抜け出してきたような美女にいきなり頭を下げられて昌伸はたじろいだ。美遥か友香の友達かと思えば家族が勢揃いしている。

 困惑した様子で美遥の隣に早足で歩み寄ると、低い声で、どちら様、と尋ねる。

「泉ちゃんに写真見せてもらったでしょ。ほら、あの」
「あ、ああ、そうか、そうだ、泉ちゃんと藤吾くんの」

 美遥に腕をはたかれ、思い出した様子の昌伸。

 聖華はソファから滑るように下りると床に膝を着いた。

「聖華です。泉ちゃんがお世話になっております」
「これはこれは、いやはや、そうだったんですか」

 昌伸の勤務先にどれほどの女性職員がいるのか知らないけれど、否、そもそもこれほどの完璧な美貌を持つ女自体そういない。

 昌伸は自身も気づかぬうちに正座をしている。

「ところで聖華さん、藤吾くんは? 東京?」

 理事長からの問いかけに、泉も聖華に視線を向ける。

 先ほどは代谷家への挨拶が先だからとうやむやにされてしまったけれど、もう挨拶は済ませた。

「父さんは? いつの便で帰ってくるんですか?」

 明日? 明後日? それとも来週? 身を乗り出す泉に、聖華はほんのちょっと口角を上げて応じると、焦らすように手元の冷茶を唇に当てた。

 急かせすぎだろうか。

 しかし、聖華だけこちらに帰してまだ自分は何週間も海外に留まらなければならないということはないだろう。
 長期になることを覚悟の上で聖華は藤吾に着いて行った。
 藤吾もそれを承知して2人で渡米したのだ。

 途中で送り返すならはじめからそう泉に言い置いていくはず。

 まさか英語不得手の聖華が邪魔になったということもあるまい。
 その程度のことで女を見放すような男でないことは、娘である泉自身がよくわかっている。

 となると、彼女の帰国が意味するところは、藤吾の仕事が一段落着いたということに他ならない。

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