キミは聞こえる
 あまり、額を出してるところを他人に見られたくはないのだけれど、もうピンで留めてしまったからしょうがない。

 すうすうする物足りない額をさすりながら、泉はため息をついた。

(なんか、めんどくさいことになったなぁ)

 その原因を作ったのは自分かもしれないけれど、そもそもは千紗が財布をなくしたと騒ぎ出したのが発端である。

 だから、やっぱり私は悪くない。

 悪くない―――だけど……。

(はぁ…どうしてこうなるかな)

 人のいない廊下に、泉のやる気のないスリッパの音だけが頼りなく響く。ぺたぺたぺた。

 ぺたぺたぺたぺた―――と、その後ろからバタバタバターという激しい足音がして、泉は思わず振り返った。

 驚いた。

 走ってきたのはまさかの佳乃だった。

「ど、どうしたの」
「わ、私も行く」
「行くって……男子の部屋へ?」

 訊くと、がくがくがくと首を縦に振った。

「どうして?」
「わ、たし、疑われてる、から。だから、もし男子の部屋にあったら、誤解といてもらえると思って」

 行ってもないと思うよ、と言おうとしてやめた。
 言ってもどうしようもないことだと思った。

 肩を動かしながら佳乃は顔を上げた。

 目が合い、泉は、あれ、と首を傾げた。

「代谷さん、行かないの?」
「えっ、あ、いやそうじゃないけど………あのさ、栗原さん」
「なに?」

 無邪気に聞き返す佳乃の目に、怯えの色はなかった。

 それがまた、泉を驚かせた。ついでに、ちょっと狼狽えた。

「代谷さん?」
「私、さっき、ひどいこと言った。それなのに、一緒に行くの?」
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