キミは聞こえる
 桐野は、どこか照れくさそうにもじもじしながら、

「よかったらなんだけど、連絡先交換してくれたら、嬉しいな………なんて」

 と言った。
 
 昨夜、泉が同じように求められて断固として断っているところを見たばかりだからか、ずいぶんと弱気な物言いだ。

 ほう。一応は謙虚さも持ち合わせているようではないか。そこはなかなかプラスポイントだ。

 とそこで、泉はふと思った。

(なるほど)

 だから周りに好かれるわけか。

 人気者はただ楽しくて明るいばかりでは駄目なのかもしれない。

 こういった、いつもと違う表情を素で作れるところも、嫌われないコツなのだろう。

 ふむふむ。
 まったく勉強にならないが、見てるぶんには面白い。

「別のことって、それ?」
「そうだけど……やっぱダメか?」
「やっぱって……なぜ決めつけられるのかわからないんですけど」

 泉は携帯を取りだそうとポケットに手を滑り込ませた。

「えっ! ってことは、教えてくれるのか!?」

 目を見張り、桐野という男は人目を憚らないでずんずんと近づいてくる。

 泉はその興奮気味の顔を容赦なくぐいぐいと押し離しながら、もう一方の手でポケットを探った。

「……ん? あれ、ない?」
「え?」 

 反対のポケットも探る。
 やはり、なかった。

「ごめん、部屋に置いてきたみたい。アドレスじゃなくて番号でいい?」
「も、もちろん!」
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