キミは聞こえる
 泉は担任からすこし距離を取って足を止めた。

 ちょうど死角となるところにいる彼女の視線に、三十前の若き担任は気づかない。

 話すことなど特に―――というか、日頃からないし、離れていても"声"は届く。

≪あぁあぁ宮城そこは違うぞ。こらこら日坂、そんなところ必死で掘り返して≫

 さきほど泉たちの泊まっている部屋に怒鳴り込んできた担任は、今は穏やかな表情で生徒たちを眺めている。

≪まぁ……あそこなら見つからないだろう。さてさて、ヒントはいつだそうか≫

 呟く担任の顔がふと東の空に向けられる。

 そっちに何かあるのかと、彼の視線を追うように泉も首を捻った。

≪案外気づかないもんだよな。どうしてみんなあそこを探さないんだろう。やっぱりシャベルを持たせたから埋められてるもんだと思い込んでいるんだろうか≫

 担任の見つめる先に生徒の姿はない。

 なにせ生い茂る雑草に覆われて地面のろくに見えない林の方だ。シャベルを持って入って行くにはひどく動きづらい。


 ……底意地が悪い。

 生徒を騙すようなやり方はあまり褒められた者ではないと思う。

 いや……このくらいは、笑って許せるラインか。

 ひょっとすると、一つのことに囚われずもっと思考に柔軟性を持たせろと、暗に学ばせようとしているのかもしれない。

 ―――まぁ、どうでもいい。

 とにかくこんなくだらないことはいっこくも早くやめにしてしまおう。

≪下ではなく上なんだがなぁ≫と、担任は髭のないアゴをさする。≪さあ、どこの班が最初に顔を上げるか≫

 泉はそこで意識を切り離すと、降りてきた坂をのぼりはじめた。

 日頃の運動不足がたたってすこし歩いただけで息が切れる。

「千紗、響子、栗原さん。こっち来て」
「なに泉、見つけたの!?」
「いや、そうじゃないけど。とにかくこっち」

 三人を連れ、泉は林の前に立つ。

 桐野が「どしたー」と呑気な声を上げて駆けてくる。

「宝は下じゃなくて上だと思う」
「……ど、どうしてそう思うの?」

 尋ねる佳乃に、泉はすこしの間かんがえた。

 そして、桐野の真似をして、言ってみた。

「勘」

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