宮地岳線
健太は別にポニーテールの子がタイプというわけではないが、しかしその髪型は彼女によく似合っていたし、もし彼女が違う髪型だったら、おそらく健太の目と心をここまで惹きつけはしなかっただろう。
(なんか、いいな。あの人…)
そのうち健太は、毎朝三苫駅から必ず乗ってくる“あの人”に逢うことが、高校生活最大の楽しみとなった。
七時二十分の電車に乗りさえすれば、“あの人”に逢える…。
おかげで健太は高校入学以来、無遅刻無欠席だった。
だがそんな至福の時間も、健太が下車する香椎までの、ほんの十分間だけ。
健太は降りる時、必ず“あの人”の立っているドアから降りる。そしてその時、心でこう呟く。
「おはよう…」
“あの人”はこの後終点貝塚まで乗って、そこから地下鉄に乗り換えて、福岡市の中心部にあるS学院まで行くのだろう。
二十四時間のうちで、最も心が躍る十分間。
その十分間のために、いまの健太は生きているようなものだった。

そんな毎日が、二年続いた。
その間、健太は“あの人”に一度も声を掛けたことがない。
そういう気持ちが全く無かったわけではない。
しかし、そうすることによって、“あの人”にナンパと思われるのが、イヤだったのだ。
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