宮地岳線
健太ははっきりと彼女を見詰めた。もし気が付いてこちらを見たとしても、決して目を逸らすまい。
宮地岳線に乗るのは、今日でもうおしまいなんだ。 こうしてあなたと、十分という時間を過ごすのは、もう、これで…。

三苫の次は和白(わじろ)駅。
ここで、初めて見る“顔”が乗ってきた。
それは、ヨレヨレの薄汚れたジャケットを着た、五十がらみの、酒気を帯た男だった。
男はヨタヨタとした足取りでぐるりと車内を見回すと、
「なんだこらぁ、座るとこないじゃないか…!」
とダミ声で喚き散らした。それまで居眠りしていた人達も、何事かと目を醒ます。
「どっかないのかよぉ、座るとこはよぉ…」
男はおぼつかない足取りで車内をウロウロする。
乗客たちは男が傍を通るたびに、顔に不快な色を滲ませつつも、目を合わせないようにしている。
いっぺんに冷めた空気になる車内。健太は
(イヤなヤローが乗ってきやがった…)
と舌打ちしてそっぽをむいた。なんで今日という日に限ってこういうのが乗ってくるかな…。
そして、ドアの脇に立っている“あの人”をチラッと見る。
彼女も、酔っぱらいの方を決して見まいと窓の外に目を向けている。
ドアが閉まり、電車が走り出す。
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