ラーラ

 私が御主人の所へ来て一年が過ぎ、学校が夏休みに入って間もない暑い昼下がりの事でした。家の近くの大きな木の下で涼みながら姉妹と遊んでいると、一台の車が止まりクラクションが鳴りました。直ぐに私の御主人が外に出ると、ドアが開き御主人の一人娘さんだという綺麗な人が降りてきました。

つづいて降りてきたのは今にも泣き出しそうで、か弱そうな男の子でした。御主人の孫の裕次郎さんです。一人娘さんが今度、新たに結婚するので少しの間、御主人が預かるという話になっていたようです。

 その日の夕方になると、一人娘さんは裕次郎さんに「早く迎えに来るからね」と言うと、裕次郎さんは今にも泣きだしそうな小さな声で「うん」と言うのがやっとでした。そして一人娘さんは待たせていた車に乗り、慌ただしく帰られました。裕次郎さんは一瞬、車を追う素振りをしましたが諦めて家の中に入りました。この日を最後に男の子とお母さんは会う事は有りませんでした。

 その夜の食事のときです。御主人は心を込めてカレーライスを作りました。やがて裕次郎さんが呼ばれて食膳の前に座り食べようとしましたが、今まで我慢していたのでしょう。口元にスプーンを持って行くけど食べる事が出来ず、とうとう「う う う」とおえつと共にせきを切るように涙がとめどなく溢れ、泣き崩れてしまいました。たまらず御主人は絞り出すような声で「我慢するんだよ」と、言うのが精一杯で、裕次郎さんに分からないようにそっと涙を拭いていました。

 裕次郎さんは何とか食事を終えると、用意されていた自分の部屋に入りました。そして間もなく私は御主人に部屋に連れていかれ、御主人から「ラーラ、今日から裕次郎を頼むね」と言われました。

 その夜は同じベッドで寝る事になりましたが、不安な気持ちで眠れないのでしょう。私が優しく顔を何度も舐めてあげると初めは嫌がっていましたが、しばらくすると「わかった、わかった、ありがとうラーラ」と笑顔で言ってくれました。この一言で裕次郎さんが大好きになり、この日から私達はいつも寝食を共にする様になりました。

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