手鞠唄~神は欠伸と共に世界を眺める~
半透明な朱色の石。
水に血を溢したように、不可思議な色の模様を描く、それ。
足を止め、腕を伸ばし月により近づけてみる。

『月の光って』

ふと、後輩の言葉を思い出す。

『月の光って、パワーストーンの浄化に良いらしいですよっ!』

パワーチャージってとこっすよ。
受け売りだと笑いながら言う後輩が記憶の中で楽しそうに笑う。
…と。
ひんやりする触感が、外気に触れて仄かな熱を帯びたような錯覚をしそうになる。
そう、錯覚。
そんな僅かな時間に温度が上がるはずはない。
それも、外気の温度を超え体温と同等になるなど、握り締めていたならまだしも指先で触れていただけではあり得ない。
錯覚、そう言い聞かせた刹那。
月の光を浴びて一瞬、模様が蠢いた気がした。

「…?」

見間違いかと覗き込むが、それはやはりただの石だ。
模様が動こうはずもない。
当たり前の事を確認しただけで、奇妙な落胆に襲われた。
疲弊した日常に非日常を求め失敗した、その感覚に自嘲さえ浮かぶ。

「疲れてるのかな…」

呟きは肯定。
煩わしい、じめついた空気も手伝ってどっと疲れが押し寄せる。
それを払拭しようと、一歩踏み出した。

「きゃぁっ!?」

不意に地面が消えた。

「いったぁ…」

アスファルトに叩きつけられるようにバランスを崩した。
苛立ち紛れに歩いてせいかただの疲労からか、左足のヒールが折れてしまった。
ついてない。
口の中で呟いて、服に着いた埃を払う。
…と。
手の中にあったはずの石がない事に気がついた。
転んだ拍子に、落としたらしい。
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