二人だけの闘い
母の決断
私は、普通の家庭に生まれ育ち、20歳になるまで、母の苦しみを全く知らなかったのです。
それまでの私は、お米屋の長女に生まれ、おじいちゃんやおばあちゃんに可愛がられ、恵まれた家で、のほほんと楽しく暮らしていました。
そして、私が小学生の時におじいちゃんが、ガンで亡くなりました。
それから、私の生活が変わっていきました。
父が、ギャンブル好きで、競馬、麻雀などギャンブルにのめり込み、お米やの売り上げの
ほとんどをつぎ込んでいたようです。
母は、そんな父に耐え着きれずにいたのですが、やはり、兄や私の事を考えると、離婚には踏み切れなかったのでしょう??
でも、兄が結婚して独立し、私が、二十歳になったある日のこと、母は初めて父との色々な事を、話してくれました。
父が、養子であった事や、お酒好きで朝からお酒を飲んで、配達していたり、ギャンブルで店の売り上げのほとんどを使ってしまって、いたこと、、、、
そんな話を聞いていると、私の幼い頃の思いでの中には、父の姿が一度もなく、
母と兄と三人での思いでしか、残ってないのに、初めて気づきました。
でも、結婚適齢期である私のことを気遣って、なかなか言い出せなかったのだと、想います。
ある日、考えに考えたあげく、私に相談してきました。
限界だったのでしょう?
離婚の決意を話してくれました。
私は、母に言いました。
今、結婚したい相手がいる訳ではないし、両親の離婚と云うことで、私と結婚出来ないと言う人なら、それだけの人なんだから、気にしなくて良いよと母に伝えました。
私は、裸の私を好きになってくれる人が、必ずいるとずーっと思ってたから、、、、
その日を境に離婚に向かっての闘いが始まりました。
父と母との離婚は、すんなりとはいきませんでした。
父が、家を出ていくことを拒否したのです。
暴力的な父は、何をするか恐くて恐くてたまりませんでした。。
その日の夜から、母と私は、家にある包丁などを、全部隠して、私の部屋に鍵をかけて、毎晩神経をとがらせながら、すごしました。
恐くて恐くてたまらなかった。
包丁抱えて、寝る!!!
そんな状況が、わかりますか?
地獄のような日々が、1ヶ月あまり続きました。
そんな生活からの脱出を、おばあちゃんが手助けしてくれたのです。