さよなら、もう一人のわたし (修正前)
「まあ、いいや。とりあえず台本のセリフを言ってみて」
男は欠伸をしながらそう言った。
台本には数行のセリフが記されている。
あたしは何とか言葉を搾り出す。
すると部屋の中で一番右手に座っている人が、もう結構ですよ、とあたしに告げた。
ダメだったのだろうか。
あたしは肩を落として部屋を出て行こうとした。そして、ドアノブに手をかける。
ドアを開けると、そこには真っ直ぐな瞳をした女性が立っていた。
彼女はあたしと目が合うと、優しく微笑む。
女のあたしでもちょっとどきっとしてしまいそうな、美しく笑う人だと思った。
彼女はあたしの次に面接を受ける人だ。名前は前原香奈枝と言った。
オーディションに残ったのは十人。残るは彼女と、柔らかそうな猫毛の髪をしたあどけない少女だった。
彼女は何かを考えているのか、目を瞑って、身動き一つしない。