さよなら、もう一人のわたし (修正前)
そんなことで傷ついてどうするのだろう。それは分かっているのに辛かった。

「名前って京香さんだっけ?」

 彼は首をかしげながら言った。

 あたしは顔がほてるのが分かった。

 男の子から名前で呼ばれたことなど、今まで一度もない。

「できれば平井でお願いします」

 彼は頷く。

「分かった。平井さん」

 声の高さも、質も違うのに、似た呼び方をされるだけで心が痛むなんてどうにかしている。

 時間が経てば平気になるはずだ。

 できれば撮影に入るまでは平気になりたかった。

「わがままを言ってごめんなさい」

「いいよ。気にしないで」

 こんな風に柔らかい人に今まで会ったことはなかった。

 尚志さんは優しかったけど、少し冷たいというか、あたしに壁を作っている気がする。

 杉田さんは少年のように素直に心を外に出す。

 正直、あの役を演じるには真逆のタイプだと思った。
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