さよなら、もう一人のわたし (修正前)
「今回のことは関係ないと彼は言っていたわ。だから、あなたはあの映画に出るといいわ」

 あたしは何も言えなかった。

 そんなことってあるのだろうか。

 でも思い当たることはあった。

 どうして母親があの映画のビデオを持っていたか分かった。

 彼の撮った映画だからだ。

「お母さんは知られたくないの?」

「できればね。あなたが言いたいなら無理強いはしないわ。でも、彼が信じてくれるかは分からないけど」

 成宮監督に知られないこと、それが彼女の願いなのだろう。

 あたしは唇を噛み締めた。

 彼女はどれだけ彼のことを想って生きてきたのだろう。

「分かった」

 あたしは彼女の願いをできるだけ叶えたいと思っていた。

 成宮監督と血のつながりがあっても、あたしたちは結局他人なのだ。

 母親の下した決断をあたしが覆すつもりはなかった。
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