さよなら、もう一人のわたし (修正前)
 ずっと憧れていた彼の背中だった。

 あたしよりも何周りか大きな背中だった。

 彼はあたしのことを振り払うようなことはしなかった。

「どうして嘘を吐いたの?」

 あたしは喉の奥から声を絞り出す。

 時計の音だけが静かな室内に響き渡る。

 その音がやけにゆっくり聞こえてきた。

 無数にその音を聞いたとき、尚志さんの口が開いた。

「水族館にいたなら、聞いたんだろう? 君が映画に出るからだよ」

「キスしたり、するから?」

「君が誰かに抱きしめられたり、キスされたりするだけで嫌だから。嫉妬してしまうから。俺は多分、心がすごく狭い人間だからだよ」

「でも」

 尚志さんがあたしの手に触れた。温かい、熱っぽい手だった。

「問題は君の気持ちじゃない。俺の問題だということも分かっているよ」

 指先に伝わってくる、彼の温もりがあたしを切ない気持ちにさせた。

「俺は父親のようにはなれない。そんな君を好きでいられないから」

 あたしの指先に触れていた尚志さんの温もりが消える。そして、あたしの手をゆっくりと動かす。



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