天空のエトランゼ〜赤の王編〜
「!」

廊下を歩いていく九鬼の背中に、鋭い音が突き刺さった。

それは、愛川が刻むドラムの音であったが…軽音部の部室からは結構離れている為に、本来ならば届くはずはなかった。

九鬼は足を止め、後ろを振り返った。

誰もいない廊下をしばし見つめた後、九鬼は前を向き…歩き出した。

廊下に、九鬼が刻む足音が木霊する。

もう愛川の音は、聞こえない。

その代わり、音さえも飲み込む…冷たい目をした女が前にいた。

腕を組むでもなく、冷笑を浮かべていた女は…九鬼が近づいてくると歩き出した。

(うん?)

ひんやりとした空気が、本当は暑いことに、九鬼の体が気付いた。

汗ばむ体に、冷や汗が流れた。

(な!)

一瞬、サウナのような暑さを感じたのに…ひんやりと冷たい。

体感温度と真逆の冷たさが、全身を貫いた。

(は、は、は…)

息苦しさを感じ、九鬼は足を止めた。

何とか呼吸を整えようとしていると、真横を女が微笑みながら通り過ぎた。

(!)

筋肉が硬直し、息ができなくなった。

しかし、女の足音のリズムが遠ざかっていくと、自然と筋肉の硬直も解けた。

「馬鹿な!」

九鬼が慌てて振り返った時には、女の姿は消えていた。

「く!」

九鬼は顔をしかめた。

戦ってはいないが、明らかに敗北していた。

蹴りを主体とした九鬼の戦闘スタイルは、自らの気をコントロールし、体の筋肉を柔らかくしていなければならない。

カチカチになった筋肉など、攻撃を遅くするだけである。

戦闘中は、気を張りつめながらも、体はリラックスしている状況がベストである。

どちらも緊張していたら、戦える訳がない。


完全なる敗北を九鬼に与えた女は、止まることなく歩き続ける。

角を曲がり、誰もいないことを確認すると…女は三人に増えた。
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