天空のエトランゼ〜赤の王編〜
「殺すとな」

「え」

愛川の胸に、巨大な穴ができていた。

もう話すこともできなかった。

ただ…一筋の涙だけが、瞳から流れた。

幼なじみだった。

ずっと好きだった。


だけど、愛川は知らない。

封印が解け、虚無の女神として目覚めた時から、中西は中西ではなくなっていたことを。

その場で背中から倒れた愛川を、中西は見下ろし、

「しつこい女は、嫌いだ」

頭を踏み潰そうとした。

「貴様!」

九鬼の蹴りが、中西の首筋に決まった。

「なぜ…お前が泣く?こいつは、俺達の恋路の邪魔をしたのだぞ」

まったくダメージを受けない中西はただ…不思議そうに九鬼を見た。

九鬼の顔は、涙でぐちゃぐちゃになっていた。

中西を睨みつけ、

「それがわからぬ貴様が!愛を語るな!」

今度は拳を叩き込んだ。

「やれやれ…」

中西はため息をつくと、九鬼の腕を掴み、

「優しさだけでは、駄目なようだな」

妖しく微笑んだ。

「お前を手に入れるには」

中西の姿が変わる。

「な」

九鬼は、絶句した。

目の前に立つ…フランス人形のような美しき女に。

たが、そこに美しさよりも目立つものがあった。

それは、空虚な瞳だ。

闇よりも、黒い瞳。

九鬼は初めて、黒を見たような気がした。

今までの黒や闇は、黒ではなかったのだ。

「どうした…?真弓」

中西は顔を近づけた。

いや、もう中西ではない。

虚無の女神…ムジカ。

「死相が出ているぞ」

ムジカは、にこっと微笑んだ。 表情なき人形が、からくりによって笑っているように。

「心配するな」

ムジカは無理やり、九鬼の腕を引き寄せると、耳元で囁いた。

「それでも、お前は美しい」

と言った後、大笑いし出した。



「馬鹿な…」

カレンは絶句していた。

ムジカを見るだけで、希望がなくなり、命が吸いとられているような感じがした。

それは、明らかに…あの光と真逆だった。

「浩也…」

カレンは無意識に、彼の名を呼んでいた。
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