LUTIM
 それを良いことにカリムは着たい服を自由に着るようになり、最近ではとうとう公用着にまで手を出し始めた始末だ。
 そんな自由に本来の目的を外れてしまった赤い腰巻きの布が歩く速度に合わせてひらひらと揺らめき主の後を追う。カリムの歩みは速く、初めて見た雪に気が逸っているのは一目瞭然だった。
 まだ全ての使用人すら起き出していないような早朝の城内は、普段カリムが見知ったそこと同じ場所とは思えない位に静かだ。
 自分の姿が写り込む程に磨き上げられた床石が靴底に蹴られて立てる音が、やたらと反響していて不思議な気持ちになるのを感じながら、カリムはいつの間にか走り出していた。
 やっとたどり着いた使用人用の裏口の鍵を開けて、一気に外へ飛び出る。

「…………っ!」

 声も出なかった。毎日見慣れた風景が一面真っ白に染まっていたからだ。
 まるで全ての音が吸収でもされたかのように無音で、もしかしたらまだ自分は夢を見ているのではないかと疑ってしまいそうな風景を前にカリムはしばらく立ち尽くしていた。



 ようやく気を取り戻したのは一体どれ位の時間が経ってからだったのか。ほんの一分だったかもしれないし、もしかしたら十分だったかもしれない。
 一面真っ白な雪は時間の感覚すら奪ってしまうようで、その不思議な初体験にカリムは思わず口許を弛めた。
 それから思い出したようにそっと汚れのない新雪の上に踏み出す。そのさくりとした柔らかな感触はとても心地よく胸を高鳴らせ、カリムはまるで幼い子供のように庭に向かって駆け出して行った。
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