風の旅
「、あの?」

呆けた俺をよそに、彼女ははっと覚醒して(いままで寝ぼけていたらしい?)

なんだか周りをきょろきょろ見回し始めた。

「あ、すいません、荷物とかは、あなたの近くに見当たらなかったんすけど・・・?」

そして彼女はそんな俺には目もくれずに、近くのローテーブルの上に置いてあったメモ帳とボールペンをとって、何か書きだした。

「・・・あのー?」

えーと、何を考えているのか、さっぱりつかめないんだけど・・・。

あまりにもマイペースに動かれて、対応できないでいると、彼女は走り書きしたメモ帳を、俺に差し出してきた。

そこには、女性らしいきれいな字。

『助けてくれてありがとうございます。私は、五十嵐瑞姫(いがらしたまき)といいます』

え、なんで筆談。

心の中で突っ込みをいれつつ、

「あ、俺は相模梗丙といいます・・・」

なんてつられて自己紹介をすると、彼女は、悲しそうに眼を伏せた。

そしてメモ帳にもう一言。

『すいません、書いていただけませんか』

それでやっと悟ることができた。

「耳、聞こえないんすか・・・?」

俺の言葉を後押しするように、またメモに言葉が紡がれた。

『音を聞きとれないんです』

彼女は泣きそうな顔をして俯いて。

俺がしゃべっている時に見せた不思議そうな、悲しそうな表情の理由は、これか。

ようやく公園での行動等々に合点がいった。

とりあえず彼女の手の中にあったメモ帳を受け取って、書いた。

『相模梗丙(さがみきょうへい)です。よろしく!』

それを彼女に見せると、彼女は、・・・瑞姫さんは、泣きそうな顔のまま、びっくりしたような表情になった。

「あれ?どうかしたんすか?」

あ、聞こえないんだっけ、とその独り言を誰も聞いていないのに恥ずかしくなっていると、瑞姫さんは、俺の手を両手でしっかりと握って、笑ってくれた。




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