キミの隣に
壁に向かって
無心に練習していたせいで、
気付くのが遅れていた。
この部屋の
主が帰って来たことに。
気まずいのと
恥ずかしいのと
混ざり合った気持ちで
声のほうを振り返る。
そこにいたのは
やはり
苦笑のような
微妙な笑みを浮かべた
樹里で。
初めてみるスーツ姿に
とまどった。
ネクタイはルーズに緩められ
日頃着慣れないんだろうと
印象づけた。
「お邪魔してまぁす。」
わざと、茶化した風に
久々の言葉をかける。
「透から聞いてる。
弾いてやんよ。
弾きながらじゃ、
集中できないだろ?」
いいながら、
彼は近づいてきて
椅子を空けるよう
ジェスチャーで追いやる。
六本あるうちの
一本のギターを選びだし、
彼は譜面を広げだした。
「相変わらずコアだな。」
そう、いいながら。
「今日、仕事じゃなかったの?
この週は、
レッスンだったよね?」
いるはずの無い時間に
戸惑う。
明らかに
気まずい空気が
防音室を満たしている。
「ああ、予定あって
休んだだけ。」