奉公〜咆哮1番外編〜
「しかしまた厄介な仕事ですね……。
 なんとか考えておきますが、そちらのバックアップもしっかり頼みます」

『はい坂本さん、勿論充分な人員を投入致します』と根岸は言うが、俺達は一体何をすればいいのだろうか……その骨子を掴み倦(アグ)ねていた。


∴◇∴◇∴◇∴

「暇だからもう一曲歌わせて?」

 仕事で何か有ったのか、里美はかなり鬱憤が溜まっている様子だ。鼻息も荒く俺に詰め寄ってくる。

「どうせまだ栗原も来ないんだし、いいんだが……」

「じゃあお言葉に甘えて、どっれにしよっかなぁ」

 嬉々として曲を選び、歌い出す里美。だが耳が痛くなる程の大声だ。

「でもなぁ、もっと小さい声にならないか? それじゃ演奏が聞こえないだろう」

 日頃から発声の訓練をされた俺達は、こんな狭いカラオケボックスならマイクが要らない程の声量を出す事が出来る。でも今の里美は『歌う』というよりも、もはや『怒鳴る』や『叫ぶ』に近い。

ど演歌の男唄をこれでもか! と力強く吐き捨てている。

「だってぇ、普通の人達とカラオケ行ったりしても、ここ迄声を出せないから余計にストレスが溜まっちゃうのよ」

「なんだ、そういう事か」

 会社で何か有ったのだろうという想像は、俺の杞憂だったようだ。

 里美は無類の歌好きである。演歌やJポップ等の歌謡曲から始まり、洋楽のロックナンバーやクラシック迄かなり広範囲に歌いこなす。常々「私が出れば200万円連発なのに!」と芸能人の参加するカラオケ番組を観ながら悔しがっていた。

 実際今だって、歌詞なんか少しも見ずに歌い続けている。勿論声量は更に増すばかりだ。

「しかし! これじゃあカラオケの意味が無いじゃないかっ……」

 俺がそう独りごちている時に、やっと栗原がやって来た。

「いやぁ遅くなってスイマセン。あの伝通堂の担当、噂にたがわぬ『Mr.逡巡』ぶりを発揮しやがって、媒体選びに今迄掛かっちゃったんス」

「そうだろ? あいつ、考えが決まる迄が凄く長いんだよな!」

「ええ。でも坂本さんが言ってた通り、考えてる時の格好良さったら無かったっすネ!
 あれは確かに逡巡してるって感じっス」

 里美は知らん顔で歌い続けているが、一時期俺は2人が何か有るんじゃないかと気を揉んでいた事が有った。その『Mr.逡巡』と里美がである。



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