リミット
蝕まれる記憶
それからすぐにさとみは仕事を辞めた
会社への道のり、上司の名前。
そんな日常的に繰り返してきた事さえも忘れてしまうのだ
さとみは仕事を辞めてからは家に引きこもる事が多くなっていた
さとみは既に多くの記憶を失っていたのだ
時には自分の名前さえ分からなくなっていたし自分の母親の顔さえも忘れていた
だが健太郎の事だけは決して忘れる事はなかった
彼女は必死に病魔と戦い、その記憶を繋ぎ止めていたのだ
時々は記憶がはっきりしている時もあり、ふたりの想い出を語り合った。
半年ほど経つと
もうほとんどの事を覚えていなかった
「健くん…健くんって誰?」
ついに病気は健太郎との記憶さえも蝕み始めていた
さとみに悟られぬよう声を殺し泣いた
ある時、さとみの両親、幼なじみ、健太郎の両親などを招いてささやかなホームパーティーを開いた
そうすることで記憶が戻るかも知れないと考えたのだ。
皆は順番にさとみとの想い出を綴った。
さとみが不意に席を立つ
トイレだろうと思ったが、
すぐにさとみは戻ってきた
「ん?トイレに行ったんじゃなかったのか?」
さとみはキョトンとして答える
「え?」
皆がさとみを見遣る
「な、なんて事だ…」
「…あ…あぁ…!」
皆は悲鳴にも似た声をあげた