香る紅
家に帰ると、織葉付きにしている二人の家政婦が、顔面蒼白で駆けてきた。

「織葉はどうだ?」

そんな俺の言葉を弾き飛ばす勢いで話された。

「緋凰様!織葉さん、いないんです!」

「置手紙が部屋に残っていて・・・!屋敷を、出て行かれたみたいんなんです!」

「は・・・?」

、いない?

あの体で?

――――まさか、いい加減、俺のことが嫌になった?

また歪んだ方向に気持ちが向きかけた俺に、家政婦が織葉の手紙を渡してきた。

今までの恨み事でも書いてあるか・・・?

そんな思いとは裏腹に、見慣れた綺麗な織葉の字が、薄桃の便箋に優しくたたずんでいる。

『緋凰へ
 あんな昔にしてくれた約束を、今まで守ってくれてありがとう。
 そして、辛い思いをさせてごめんなさい。
 私がずっと甘えていたせいで、緋凰は、すごく辛かったと思います。
 本当にごめんなさい。
 どうか、これからの緋凰の人生が幸せでありますように、願っています。
 今までお世話になりました。
 織葉』

短い文章は、感謝と謝罪のみ。

俺が織葉にしたことへの怒りなどは一切なく、むしろ、自分が俺を害していた、そのことへの謝罪。

俺がいけないのに、なんで織葉が、謝ってるんだよ。

『くしゃ』

手の中で織葉からの手紙が音を立てる。

祈咲に喝を入れられて、ずっとためらっていたことを伝えようとは決心したが。

この手紙で、ふっきれた。

祈咲の言ってたことは、本当だった。

いや、疑ってたわけじゃないけど、俺は相当に、織葉に我慢をさせていたらしい。

「緋凰様・・・?」

不安そうに俺の采配を待っている家政婦に、なんだか晴々しくなった心が後押しして、随分尊大な命令をした。

「織葉連れ戻すから、織葉の部屋に、紅茶とケーキ、2人分、用意しとけ。全部織葉が好きなもんにしろよ。」

なのにもかかわらず、家政婦は嬉しそうに「はい!」と返事して厨房にかけていった。

昔でも、約束は約束。

俺はその約束を解消した覚えはないんだから。

何が何でも連れ戻して、約束を『昔の約束』じゃなく、『永遠の約束』にしてやる。

何年かぶりに軽くなった気持ちのまま、織葉の気配を探った。




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