香る紅
逆井にそこで待っているようにとだけ言って、車を離れる。

・・・いや、そういったはずだ。

もう、頭の中は他のことでいっぱいで、その他のことにかまっている余裕は皆無だった。

―――織葉に、なんて言おうか。

そのことだけしか、考えられなかった。

とりあえず、このごろの勝手な行動の数々を謝りたい。

今までの勝手すぎる生き方も。

それで、しっかり約束をし直す。

・・・ただそれだけのことなのに、緊張しだした自分がいる。

不思議でしょうがない。

こんな年だけれど、修羅場は、相当数くぐりぬけているつもりだ。

武術の大会から勉強から、一族運営のことに至るまで。

その中で、俺は簡単には揺るがない、簡単には動じない柱を自分の中に作り上げてきたつもりだ。

今では、何か公の場所に立ったとしても、緊張などせず、冷静に立ち回っている。

なのに、どういうことだこれ。

織葉に話をしよう、それだけなのに、

どんな感覚か忘れていたほどの緊張をして、手のひらには汗がにじむ。

鼓動まで早くなる。

この俺を、ここまで情けなくさせたり緊張させたり・・・御門一族の長の息子として作った仮面をはがすことができるほどの人間は、この世に織葉以外はいないだろう。






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