原は天高くに在り【短編】
「恐ろしくは、ないのですか……」



 鈴のような声に振り返ると、数歩後ろに立つクシナダヒメと目が合った。


 父のアシナヅチと母のテナヅチはスサノヲの指示を受けそれぞれに準備をしていて、気付けば二人きりだった。


「恐ろしくなど、ない」

「…そのようですね」


 静かに、柔らかく返って来た言葉にゆっくり彼女の顔を見る。
 不思議な少女なのである。少女なのか女性なのか、哀しいのかそうでないのかわからない表情をする。


「スサノヲ様の眼は、虚ろな哀しみで、優しい痛みはあろうとも、恐れの色は見えませんもの…」

「奇っ怪な娘よ。お前こそ恐ろしくはないのか?」



 スサノヲはおよそ恐れなど知らない。知っていたらきっと今までの蛮行はなかっただろうと内心で思い、思わず苦笑した。


「恐ろしいです―――あまりにも恐ろしいから、きっと心のどこかが壊れたのだと、思います」


 そう言って、訝しいのか可笑しいのかよくわからない顔をする。
 笑えば美しいだろうに、と柄にもなくスサノヲは思う。


「俺は、父上から産まれてすぐ、父上の言い付けも聞かずに、母上に会いたいと言っては泣きわめき、山を枯らせ、災いを産んだ」
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