短編集『手紙』
「……って、なんだ? 何でサチの事を知ってるんだ? 職場の仲間にも親にさえも言って無いのにっ!」

僕は職場では余り話さない。言葉を交わす数少ない同僚とも、差し障りのない会話しかしてないのだ。

「しかも『俺へ』って! 僕はずっと『僕』として生きてきた。『俺』なんて言わない筈だ。何より僕が僕に手紙を書く訳がない」

自分へ手紙を出した記憶が無くなるような深酒はしないし、幸子が出て行った事が、多重人格になる程の精神的ショックだったとは考えにくい。

「う〜ん。なんだか解らんから放っとこう」

そう1人呟いてテレビを点け、台所に立った。

「サチの料理は味が薄いから、いつも物足りなかったし……喰いたい時に喰うのがベスト」

そう嘯ウソブいてみたものの、ひとりで食べる夕食は只燃料を補給する為だけの行為のように虚しく、幸子と過ごした温かい日々が懐かしく、切なく思い出される。

「しかしどういう事だ! よろしくヤッてるってのは!」


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