短編集『手紙』
翌朝。

朝食を用意している、あの独特な温もりを肌に感じて目が覚めた。

「起きたの? もう少しだから先に顔を洗ってきたら?」

幸子が顔を横に向けて僕に言う。台所の小さい蛍光灯に照らされたその横顔は、僕の心をじんわりと温めてくれるんだ。

「そうするか。おっ、旨そうな干物だな。『俺』の大好物だ」

そう言って起き上がったのは僕だった。可愛く身体をよじって抵抗する幸子の胸を掴んだりしてイタズラ三昧だ。

『なんだオイッ! 僕はここだぞ?』

しかし声は出ていない。そればかりか身体も動かせない。僕は幸子と自分の事を『俺』と言う『僕』とが行う『行為』をただ見せ付けられているだけ。

その極めて不愉快な光景から目を逸らすべく瞼を閉じようとしても、まばたきさえ出来ない。

『うわっ、なんだ? サチ! 僕はここだ。そいつは偽物だ。サチ、サチッ! 気付いてくれぇっ!』

すると徐オモムろに振り返った(自分の事を『俺』と言う)『僕』と目が合った。


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