短編集『手紙』
あれからかれこれ二ヵ月になるが、彼女からの返事は無い。

ひょんな事から文通を始めた私達。

普段から休み無く仕事に追われ、手紙などまるで書かなかった私に比べ、彼女のそれはとても優雅に私の想像を掻き立てる。


春にはさくら。

夏にはひまわり。

秋にはかえで。

冬にはさざんか。


季節の草花を織り込んだ短歌と共に綴られる彼女の美しい文字列は、いつも私に例えようも無い幸福感をもたらした。


相手の顔を知る事も無いまま、二人はいつしか恋に落ち、互いの存在を激しく求め合う様になった。

例え相手がどんな容姿だろうと構わない。

二人は心の底からお互いを必要としていたのだ。


しかし、外出する事が苦手な彼女。

ふたりが実際会う為にはこちらから出向かなければならない。

彼女の家迄は車で往復四時間掛かるが、行って行けない距離ではない。

桜満開の頃……私はなんとか仕事に折り合いを付け、彼女に会う為に車を走らせた。



約束のファミレスに到着した私は、逸る心を落ち着ける為にも車中で髪を撫で付ける。


「彼女はもう来ているだろうか……」


身仕度を整え、お互い顔も知らない二人だからと決めた目印の花を胸に挿した。


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