短編集『手紙』
するとその女性がまた手を振った。

眼鏡が嫌いな彼女の為に裸眼でいた私は、入り口からこちらに向かって来る巨大な影にたじろいだ。

……身の丈2メートル程もあるその影は、我々の座るテーブルにどっしりと腰を下ろす。

その胸に挿してある赤い花がぼんやりと霞んでいた。



そして私は何を話したのだろうか……

どうにも思い出せない。

余りのショックに記憶が飛んでしまっていたのだ。

耳の底には澄んだ美しい声と、延びてしまったカセットテープの音のような太い声が僅かに残っているだけ……。



私は自宅に戻るとすぐさま筆を執った。

彼女に対する衷心からの謝罪と今迄のお礼を述べ、もし良かったら同席していた女性の連絡先を教えて欲しい。との内容で彼女に手紙を出した。


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