雨宿り
さっきまで暗かった雨雲の集まりから一点の青い色が現れてくる。
一点、一点と…。
それに比例し、明るさも増す。
ふと、隣にいた女性のほうを見やると、ふっと愛くるしい表情をして空を眺めている。
すると、その表情を時間を忘れたかのように見つめていた僕に気付いたのか、初めてこちらを見る。
その次に発した言葉がー……
やっと雨があがりましたね。
それを僕に伝え、幾つかの水溜まりをその可愛い動きで避けながら去っていく。
期待通りの、優しく丁寧な声だった。
僕は、この時…
この時だけ恋をした。
雨宿りだけの…それ限りの恋を。
もちろん淡い恋なのも、これから先、縁のない関係だというのもわかっていた。
ただ、言えるのはあの時雨が降っていなければ、この一軒の店でなければ会う事もなかったであろう、名前も知らない女性に恋をしたんだと。
そして、僕も水溜まりを避けながら淀んだ雲から青い空の無数の光が祝福してくれるかのように、その陽射しを歩いてゆく。
その表情はどこかが勇壮としていて、どこかが少年のようだった。
【完】