ことばにできない
人が来る方へ来る方へと走り続け、煌々と明るいジーンズ屋に飛び込んだ。

不自然なメイド服が、周囲の人の不審な目を集める。

私は商品の林の奥へ奥へと進み、大急ぎでシャツとジーンズを選んだ。

「着て帰ります。それと、これも」

レジの近くに陳列してあるサンダル一足も差し出した。

商品に身を隠して入り口を窺い、会計を終えるとすぐさま試着室で着替えた。

鏡を見て、彼好みの大きなレースのリボンに気づいて、はずした。


キョロキョロと警戒しながら店を出ようとしたら、レジの男性が声を掛けてきた。

「キミさ、」

声を掛けられたこと自体が怖くて、返事も出来ずに竦んでしまった。

レジ係はそんな私に、かなり戸惑った。


「いや、さっきのメイド服、かなり良かったから…」

「あげる。リボンも」

私はレジ係にメイド服一式を押しつけて、店を出た。



男は私の髪の毛に、ことのほか神経を使った。

毎朝きれいにブラッシングして、こまめにはさみを入れた。

彼は黒髪以外認めなかった。


私はコンビニではさみを買い、駅のトイレで乱雑に髪を切った。

駅の反対側に出て、深夜営業のドラッグストアで、ヘアダイと化粧品を買った。

駅に戻り、髪を黄色に染めながら、思いっきりハデにメイクした。




彼はたぶん追ってこない。

彼はしばらく、一着のメイド服を失ったことを嘆くだろう。

それから夜の街に出て、私の代わりを探すだろう。

明日からも何食わぬ顔で、昼間の仕事を続けるだろう。



そう分かっていながら、私は怖かった。

24時間営業のファミレスでジュースを飲みながら、大きな窓から表を警戒し続けた。

彼が、私の一部始終を、写真やビデオに記録していることも、不快で不安だった。

不安と後悔と怒りで、自分が許せなかった。


あんなヤツにひっかかるなんて、

私、バカみたい…。


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