Thank you for...

どうやって美里のマンションを出たのかは覚えていない。

翔の部屋に置いたままの教材を取りに行かなくちゃ、と無意識に足が翔のアパートを目指していた。

考えれば考えるほどおかしい。

遊ばれてるだけなのかな。

それでも――

私は翔の事が好きなのかな――。



翔の部屋に付いた頃、辺りは冬の寒さを抱えて真っ暗になっていた。

「遅かったじゃん」

扉を開けた私にかけられる楽しそうな翔の声。

「うん、歩いて来た」

「マジで?40分はかかんじゃん?」

「うん、多分それくらい…かな」

バカか、オマエは、と翔が立ち尽くした私の手を引き寄せたので、私は転げるように翔のアグラをかいた膝の上に倒れこんだ。

「ほらぁ、体冷たくなってんじゃんよ」

「…寒かったもん」

「…美里に何か言われた?」

様子がいつもと違う事に気が付いたのだろう。

少し間をおいて翔が私を覗き込んだ。


二股なの?


――聞けるわけない。

その答えを聞く勇気がなかった。

今の、この暖かな空間を失うのが怖かったから。

私は彼女の存在を聞く替わりに「美里のマンション、豪華だよね…」と呆けた声で呟いた。

今さら何を言ってんだか、と翔はケタケタ笑った。

でも、私は笑えなかった。

「リョウ…今日、泊まってけー」

膝の上に転がった私を器用に抱きしめて翔が言う。

明日は日曜日。

彼女の来る連休じゃない…。

「いいよ」

呟いた私。

泥沼への、第一歩だった。
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