Thank you for...
不思議と涙も出なかった。

現実なのか夢なのか。

それすら理解できていなかったんだと思う。

冷たい風が吹き付ける夜中に、私は泣く事も笑う事も忘れ、ひたすら大学の門へ歩いた。


私が辿り着く前に、既に昌斗は到着していた。

私の姿を見つけると、慌てて車から飛び降りて駆け寄ってきた。

「大丈夫?」

「うん」

「とりあえず、車、乗りな」

「うん」

促されるまま助手席に乗り込む。

足元から吹き上がる暖かい暖房の風が冷えた体を温めてくれた。

窓の外は真っ暗で。

そこに映る自分の顔を見つめて、溜め息をつく。

私は翔に「鍵はポスト、ゴメン今日は帰るね」と丁寧に絵文字を使ってメールを送信すると、そのまま電源をオフにした。

ハンドルを握る昌斗は何も聞かない。

私の性格を分ってそうしてるのかは分らないけど。

それでも今は、そばにいてくれる事が嬉しかった。






「車、買ったの?」

「あ、これ親父の車」

「そっか」

「交通費、コーヒーでいいよ」

前を見つめたまま、口の端だけを器用に上げて昌斗が笑う。

「救急車なのに交通費とるんだ」

昌斗のわき腹を軽くグーで殴りながらおどけて言うと、「アメリカ方式だから」と昌斗は笑った。



しばらく走り、夜景が見える小高い山の上に車を止めると「はい、これ」と昌斗が缶コーヒーをポケットから取り出した。

さっきのアメリカ方式はどうなったのよ、と笑いながらも昌斗の心遣いが心地いい。

少しぬるくなった甘いコーヒーを一口飲むと、思わず「はぁ…」と溜め息が漏れた。

「さっきさ…本当に死に掛けてたんだよ、私…」

前置きもなく口が動き出す。

「体が震えて息が出来ないし、心臓はバクバク言ってるし」

目の前の夜景があまりにも綺麗で、私は目を灯りに向けたまま独り言のように呟いた。


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