Thank you for...
「俺さ、今日トオルからバイク借りたから一緒に帰ろ」

翔は笑っている。

私の心の内はバレずに済んだんだと思った。

だって、バイクの鍵を指先で器用にクルクル回す姿は、私の変化も気に留めてないといった感じだったから。

「今日は美里と買い物に行くから、ゴメンね」

私は残念そうに眉を下げて笑ってみせる。

翔は私の言葉を聞くと、回していた指を止めて私を見る。

小さな弧を描いていた鍵が、勢いをなくして机の上にゴトリ、と落ちた。

「…やだ」

「……は?」

思わず視線を鍵から翔に移す。

翔は真顔のまま私を見ていた。

「やだ」

「だから……」

「嫌だって言ってんじゃんよ」

まるで駄々っ子のように「いや」の一点張りを続ける翔を、私は驚きの眼差しで見ていた。

初めて目にする姿だったから。

いつもなら「友達を優先して偉い」って言ってたじゃない?

「美里、今日は他の奴と遊べ」

「はぁ?」

「俺に譲れって言ってんの」

調子のいい顔で笑いながら美里の頬をつねる。

それに対して「痛いってば」と睨みながら手を振り払う美里。

目の前の光景を、テレビでも見るかのように見つめる私。

「じゃ、俺ら午後の講義ないし帰るわ」

翔はそう言って立ち上がると、私の腕を引っ張って歩き出す。

半ば引きずられるような形になりながら、助けを求める顔で美里の方に振り返ると、美里は諦めたような笑顔で「バイバイ」と手を振っていた。
< 68 / 114 >

この作品をシェア

pagetop