Thank you for...
バイクは、空港の近くの小高い丘の上の公園で止まった。

すっかり冷たくなった私に、翔が自動販売機からコーヒーを買ってきて手渡してくれた。

ホットのブラックコーヒー。

昌斗は甘い砂糖入りのコーヒーをくれたっけ。

翔は私が好きなものをちゃんと覚えててくれてる。

そんな些細な事が嬉しくて、私は両手で包むように缶を握りしめた。

熱いくらい手の平から伝わるコーヒーの温もりは、今まで張り詰めてた気持ちさえも溶かしそうな勢いだった。

「あったかい…」

頬に当ててみる。

感覚のなくなっていた肌がゆっくりと熱を取り戻していく。

ありがと、そう呟くとベンチに座った翔に目を向ける。

翔は、ちょっと寒すぎだな、と鼻をすすりながら空を見上げた。
「お前さぁ、何か言う事あんだろ」

空から視線をはずさず翔が言う。

それに対して何も答えずにいると「付き合ってるんだから、腹割って話さね?」と翔が続けた。

熱さを和らげたコーヒーのプルタブに指をかける。

伸ばした爪がじゃまでうまく開けれない。

押し付けて跡が残った親指を見つめ、唇をギュッとかみ締める。

「付き合ってるんだよね?」

「…何言ってんの、お前」

「隠し事は…なし?」

「…は?」

「いや、ただ聞いただけ…」

うまく言葉が出てこない。

たどたどしい言葉の端々が、空気を和ませようと行き先を探していた。

何を言えばいい?

腹を割るのは、私?

喉まで上がってきた言葉を急いで飲み込む。

その代わり、言葉に代わって白い息だけが口から漏れた。

「最近、避けてるのは気のせい?」

「……」

「最近、やつれてるのは俺のせい?」

「……」

「好きな男できたとかー?」

「……」

「お前ほったらかしでケンカに行った事怒ってるとか?」

「……」

「妊娠したとかぁ~?」

おどけた口調で一方的に言葉をぶつける。

私は缶を握り締めたまま、目をつむり口を閉ざす。

かみ締めた唇から、うっすらと血の味が口の中に広がった。

妊娠シタトカ……

胸の奥を抉られた気がして身体が震えた。
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