They are going out
 徹はKOされてしまった。

 これはもう、流れに任せるしかない。

 男の役目なんだ!奥さんごめん!

 心の中でそう叫ぶと、徹は美紀の前方に回り、自分の胸に彼女の顔をうずめた。

 「俺の胸でいいなら、…泣きなよ」

 徹の心の中で鐘が鳴った。

 忘れていた青春が映画のように頭の中を駆け巡る。

 今の俺は、実にいい男だ。
 
 徹はそんな顔つきで、美紀を抱きしめていた。

 徹からは見えない彼の胸の中で、美紀がほくそ笑んでいるのも知らないで。

 ちょうどシーンは真綾が見た『重なる影』のあたり。

 二人はしばらくそのままでいた。流れていくのは時間だけ。青かった空が赤らんでいく。

 廊下から足音が聞こえてきた。まずい。

 「美紀さん、そろそろここ出ようか」

 徹はあわてて『新垣先生』の仮面を被り、声をかける。

 ん、と小さく頷いて美紀が顔をあげる。

 「じゃ、俺先に行くわ」

 そう言って、恥ずかしそうに3Gの教室を去る徹を見て、美紀は再度ほくそ笑んだ。

 「……楽しっ♪」

 廊下の端まで徹の後ろ姿を見送ると、美紀は鼻で笑った。

 ふと横を見れば3Gの隣、生徒相談室から出てきた体育科の進藤明人(34)が美紀と同じ格好で笑っている。

 「またやってるんだ、ボーイハント」

 そう言って、スクエアフォルムの眼鏡を中指で上げる。

 美紀は言った。

 「わたし、寂しがりやだから」

 進藤は美紀の全身をざっと見て言う。

 「お前のほうがでかいんじゃないのか?」

 また鼻で笑って、美紀は言い返す。

 「同居人の前のわたしの彼氏は、わたしより身長低かったわよ」

 「もう俺は用無しか?」

 そう言った進藤の言葉に、

 「子供が生まれて、離れたのはどっちよ」

 と、美紀は返した。

 「…そうだな」

 進藤は笑う。

 美紀は少し間を開けて、

 「…必要な時は呼ばせていただくわ」

 そう言って、進藤の目を見つめる。進藤にも見つめられる。

 「でもやっぱり…」

 美紀が言いかけたときだった。
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