短編集『固茹玉子』
  カラカラッ

……どうやら少しは知恵を付けたらしい。引き戸を開けてとうとうヤツが入って来た。

  カシッ カシッ カシッ

この薄暗い部屋の中を、ヤツは俺の姿を求めて鋳物で出来た床を踏み鳴らし、うろうろと動き回っている。

恐らく嗅覚と視覚は発達していないのだろう。今までもおとなしくさえしていれば、やり過ごすことが出来たからだ。

すえた油のような臭いが鼻を突く。

ベタベタと身体にまとわり付く空気が嫌な汗を滲ませる。

この部屋へ出入りする口はひとつしか無い。ヤツにとっても俺にとっても、ここがデッドエンドなのだ。


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