短編集『固茹玉子』
 にわかに立ち昇る、お日様の香りに埃っぽさを混ぜたようなアノ匂い。

 吹く風がヒンヤリと前髪を揺らすと、初めはかぞえられる位に点々と地面を叩いていただけの水滴がバラバラと景色に降りかかり、それに当たった部分は今迄見せていたトーンよりも三段階は暗い色調になって、その潤いを取り戻す。

 そして堰を切ったように降りだした突然の豪雨。

 最近良く降るあのゲリラ雨。



∴◇∴◇∴◇∴



「ゲリラっちゅうのは非正規軍だから、意味合いが違うよな……いや、正規に予報出来る範疇に無いからゲリラなのか?」

 そんなとりとめのない事をブツブツと溢しながら手ぶらで外出した事を後悔する俺は、放送が終了したテレビのように喧しく騒ぎ立てる雨音を聞きながら、恐らく余り意味はなさないだろうが身体をパンパンと叩いて服に付いた水滴を払う。

 そして飛び込んだそこが民家の前であった事に少し気後れしながらも、軒先に在りながら尚吹き付け跳ね返る泡沫に身体を濡らされつつ、ゆっくり辺りを見回した。

「ここ。窓の真ん前だし、やっぱ落ち着かないよな」

 傘を貸してくれるのかと思えば、彼女が差し出したのは『スヌー○゚ーのハンカチ』だった。なんて、うっかり者の可愛い女性が現れる雰囲気では決して無い。どこか重苦しく、鬱々としたオーラが漂うその家は、川沿いのちょっとした工場群の外れにひっそり建っていた。


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