短編集『固茹玉子』
 それで日曜にも関わらず、通い慣れたいつものルートでここに来て、ドラム缶の下に隠された鍵で事務所のドアを開け、カビ臭い澱んだ空気の中を泳ぎながら部屋の一番奥に有るブレーカーを上げた。

そしてまたいつものように古い換気扇を手で回し、勢いを付けてやる。

 2、3回それを続けていると「めんどくせぇなぁ」とばかりに回り出すファンは、タバコのヤニで元の色が判らない程になっていた。

「そろそろ修理してくれねぇかなぁ」

 もう3ヶ月も前に工場長には言ってあるのに「不景気だから」のひと言でいつも済まされてしまう。

 モーターが過熱して燃えてしまったら、不景気どころの騒ぎじゃないと思うんだが。

 ようやく俺は、明かりが点いても尚暗いロッカーに辿り着き、セカンドバックを回収したのだ。

 工場を出て、このままT*TAYAに取って返そうかとも思ったが、あの眩しい程の笑顔を見せる彼女に念書を書いて約束をした訳でもなく、向こうが聞き漏らしたかも知れない俺の「また来ます」を律儀に守る事もないと思い直す。

 朝刊に入っていた『激安』の文字が踊る二色刷のチラシに載っていた「国産牛2パックで600円ポッキリ」をゲットして、シンクとは名ばかりな汚い流しの下に転がっている、あの『男爵芋』と合わせて出来た肉じゃがから立ち上ぼる芳(カグワ)しい匂いに酔う時間を想像しながら、そのスーパーに向けていつもと違う角を曲がって足を早めたその刹那。

 運悪くこの『ゲリラ雨』にやられてしまったのである。


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