グッバイ・マザー
 「お母さんて、君のお母さん?」
「そう。」
 それだけ言うと、すうっと息を吸い、静かな寝息をたて始めた。僕の祖母のことらしい。が、既に亡くなったと聞いていた。
 昔、怒られた夢でも見ているんだろう。よくあることではあると思う。
 でも、と思う自分が居る。伯母は滅多に泣いたりしない。母の最期を看とった時が、最初で最後だ。伯母は強い。しかし、目の前の伯母は泣いていた。子供のように。
 伯母は何故、とうに死んだ祖母に向かって謝っているのだろう。母の夢を見て泣いているのなら理解できる。だが伯母は、死んだ祖母に泣きながら謝っている。
 夢の中で泣くほどに、だ。
 サイドテーブルの上には薬が置いてあった。“睡眠薬”と袋には書いてある。その下に寺岡クリニックと病院の電話番号が印刷されていた。
 僕は寺岡クリニックの電話番号を近くのメモ帳に書き移し、そのページを破った。
 伯母は、彼女は強い。その彼女が睡眠薬を服用している。余程の精神的ストレスを抱えているのだろう。仕事か。いや、違う。仕事なんかで潰れる人じゃない。途方もない、暗い何かと闘っているんだ。
 僕には知らない事がたくさんある。それはきっと全て、知らなければならない事なんだろう。
 例え真実を知ることが、自らを傷つける結果になったとしても。
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