グッバイ・マザー
 自分の鼓動が聴こえてきそうだった。
「申し訳ありません。その問い合わせにはお答え出来ません。」
 まるで予め用意されていたかのような応対だった。
「どうしてですか?」
「守秘義務がありますので。そのような質問にはお答え出来かねます。ご本人様に直接伺っていただけませんか?」
「事情があるので、出来ないんですけど。」
 ここで退くわけにはいかない。僕は食い下がった。
 「実は僕の母、つまり高遠小名子の姉が亡くなりまして。今伯母の家に世話になっているんですけど、伯母が睡眠薬を手放せない状態らしいので。ああいう人ですから、大丈夫だとは思うんですけど、もしもの事があった時、かかっている病院を知っておいた方がいいと思って。」
僕は一気に話した。なるべく嘘に聞こえないように。自分でもよくこんな嘘が、と内心感心していた。
「もしもの時と言いますと…?」
向こうの声が僅かに上擦った。
「自殺を図った時です。」
僕はきっぱりと言った。主治医でなければ患者個人の病状の程度には詳しくない筈だ。貰っている薬も強いものか、弱いものかまでは判断がつかないだろう。
< 24 / 58 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop