グッバイ・マザー
 床下の上板を、何となく持ち上げた。本来あるはずのない、未開封の酒瓶が五本入っていた。生前買い置きしていたものだろう。母は自分の体が悲鳴を上げていることを知っていた。自分がそう長くないことも検査結果で気付いていたはずだ。
 それでも母は酒を止めなかった。入院の直前まで飲み続けていたんだ。母は最期まで僕達家族と過ごす時間より酒に浸る時間を選んだんだ。
 勝手口のドアを開け、外に酒瓶を出す。それを次々に、地面に叩き突ける。破裂音とともに飛沫が派手に上がり、ガラスの破片が散乱した。様々な酒の混じりあった異様な匂いが、僕の胃を刺激する。込み上げてくる吐き気。地面にしゃがみ、何度も吐いた。ついには胃袋が空っぽになり、何も出てこなかった。ただ、黄色の胃液が、口から垂れていくのが見えた。
 母は死ぬまで酒に囚われていたのだ。
 涙が溢れて、喉を潰す。胸が苦しい。息がうまく吸えない。僕は感情のまま、泣いた。涙は渇れることなく、次から次へと湧いて出た。おえつも止まりそうにない。だからただ泣いた。僕に出来ることはたったそれだけだった。
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