グッバイ・マザー
 「お前たちが生まれてからだ。可名子は酒を飲むようになった。最初は育児のストレスかと思った。でも違っていたよ。まるで何かから逃げるみたいに、強迫的に可名子は酒を飲んでいた。最初は飲酒のことで喧嘩もしたし、言い合いにもなった。でも可名子に行くところはなかったからな。その後自殺未遂を何度もした。その度に精神科に通わせたが、アルコール依存症は死ぬまで治らなかった。俺も可名子を追い詰めるのが怖くて、弥生と皐月には辛い思いをさせたな。」
「母さんは俺達を嫌ってたのかな。」
 僕はずっと思っていた言葉を口にした。父は僕の方に向き直り、首を横に振った。
「愛していたよ。ただ可哀想な事に可名子は自分の子供の愛し方が分からなかったんだ。どう接したらお前達が喜ぶのか、分からなかったんだと思う。自分が愛された経験がないから、普通の母親のように上手くいかなかったんだよ。」
 優しい父の瞳。頭には白髪が目立ち始め、目尻には深い皺が刻まれている。ここ最近はめっきり老け込んだ印象だ。
 「俺、母さんを許せるか分からない。だから、母さんの母親に会いに行くよ。俺ももう一度だけ、母さんを信じたい。何で母さんがあそこまで酒に逃げなきゃいけなかったのか、知りたいんだ。」
 父は静かに目を閉じて腕組みをした。何かを思案しているようだった。
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