グッバイ・マザー
 「お母さんを悪く言うな!あんたが死ねば良かったのよ!」
「弥生!」
父の手が姉の頬を打った。乾いた音が室内に響いた。
「弥生!いい加減にしろ!言っていいことと悪いことがあるだろう。二人とも、母さんの通夜で喧嘩なんかするんじゃない!」
「だって…。」
姉が泣き崩れた。父は姉の肩を抱き、頭を撫でながらも、自らも目に涙を浮かべていた。
息が詰まりそうな沈黙が、部屋を支配していた。聞こえてくるのは姉がすすり泣く声と雨音だけだった。
 母の死を心から悲しむ二人と、それが出来ない僕。
 二人は、父と姉は、母を失った悲しみを共有している。僕には分からない、感情を。
 それはもしかしたら、血の繋がりよりもずっと意味があることで重要なことなのかもしれない。

 僕はこの悲しみを共有する為の空間には必要のない部外者だったのだ。それに気付かされた今、僕に出来ることは一つだけだった。

 家を出る。行き先は決まってる。伯母の家。母の妹の家だ。
< 7 / 58 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop